2005年01月25日

社会不安と供依存する世代。

なにをムキになっているのか、自分でもよくわかりません。

ともかく、職を転々とする若者の多くが「自分に合ってないと思って」を理由にするそうな。
ふと思ったんですが、「自分に合ってない職を転々とする」ことは「自分探し」とまったく同じじゃないかなぁと。
周りの環境と自分を対比させることでしか、自分を見出せないのではないかと。みんなが学生服を着ている時に白いセーターなど着ていたら、きっと彼は自分に合ってないと思って、違う世界を探しに行くのでしょうね。今でも自分探しでイラクまで行った彼のことはとても悔やまれる。

ニートのことを考えた時、かれらが子供から成人になる間、社会ではなにが言われてたかをもう一度考えてみる。リストラだの、終身雇用の崩壊だの、個人の努力や忍耐などお構いなしのニュースがオンパレードでした。

ずっと彼らと、そのちょっと上の世代は、社会不安の中に居続けざるをえなかったわけです。


ここで、ちょっと別の話をひっぱってみます。
家庭内暴力DVです。
この背景には時として、共依存という関係があるそうです。

共依存
「人に必要とされることを必要とする人」が、DVでは被害者となっていることがあるというのです。

共依存は人vs人の関係についての分析ですが、社会vs人と置き換えてみても、ちょっと当てはまる部分があるように思えるのです。
なにが当てはまるかというと、上記のサイトで説明されている「認識のゆがみ」という部分です。

つまり、社会不安と共依存した世代が、ニートやそのちょっと上の転職をしたがる世代の説明になるじゃないかなぁと思うのです。

自尊心の有無の点は、自意識過剰ととられる若者の行動には当てはまらないような感じですが、ほんとうにそうなのかは疑問の余地があると思います。
例えば、アメリカのTwixters予備軍の一流大学の共和党系サークルの指導者階級の学生たちの中には、主張の一部がかなりリベラルなものになってきているという現象があるそうです。
「世界から嫌われているという現実」「共和党のブッシュ大統領ではあるが、戦争突入時の不信感は拭い切れないものがある」という精神的な抑圧が原因のようです。

しかしやっぱり、「最近の若いもんは、、、」と愚痴るのはオヤジの特権ですが、そういう若者を創ったのも、やっぱりオヤジのせいなんですね。

まぁ、下手な考えは休むに似たりということで、もう止めます。
それに、休んでばかりというと猫のことを思い浮かべますが、猫といっしょは勘弁して欲しい。

posted by ニャー皇太子 at 11:12| デンバー ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間-日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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