2005年07月15日

主権の委譲と共有

 民主党の民の字は誰を表しているのだろう?
 日本の民でないことは、次に示す彼らが欲する新憲法の考え方を見れば明らかです。
http://www.dpj.or.jp/seisaku/sogo/BOX_SG0057.html
(1)グローバリゼーションと情報化に伴う新しい変化や価値に応えるために。
 ◆国家主権の移譲や主権の共有へ
 ◆アジアとの共生


 主権を誰かに譲っちゃうか、その誰かと共有しよう!共有するのはアジアだ!と言っているわけです。
 主権って見たことないので実感がない人が多いでしょうが、実感できる例としてたとえば、こういうものがあります。

1.第2次世界対戦直後、日本は連合軍に占領されていました。占領されるということは、「主権」が国民にないことです。日本の政治は全部、連合軍が決定し実行していました。日本の国民は、なにも自分達で決められなかったんです。親のはずの国はないんです。連合軍だったのです。日本の文化も感情も主張も関係ない、原爆を実験的に使用して戦争を強制終了させた国の連合軍だったんです。

2.その占領時下でも、食器のノリタケなどは細々を食器をアメリカに輸出し続けています。もともと、ノリタケは大正だか(うろおぼえです。)の時代に日本の国策の一つ(産業振興)として生まれて成長してきたという歴史がありました。ともかく、その占領時の食器には、Made in Occupied Japanと記されています。日本で作ったんだけど、日本という国は連合軍のモノだから勝手に、Made in Japanなんて書けなかったんでしょうね。主権がないから何をするにも自分じゃ決められないわけです。

3.去年、主権を委譲してもらった国がありました。
 イラクです。
それまでは、アメリカ軍が指導するCPAという組織が占領し主権を握っていたのです。
http://www.jnews.jetro.go.jp/cgi-bin/newsb/wlnews.cgi?id=shiten&no=23
主権委譲とイラク・ビジネス
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asem/asem6_gh_seimei.html
「・・・外相は、包括的な方法で全ての当事者を関与させた、イラクの主権の回復に向けた政治プロセスの重要性を強調した。・・・」

 自分探しび旅を不幸にしてイラクで終わらせてしまった方がいました。彼をしのび、彼の兄弟が言った言葉は「イラクの人の早期の幸福をのぞみます」でした。それをよそ目に、まわりは自衛隊の撤退を叫んだり、逆に彼の自業自得を叫んだりしていました。
 しかしその時、イラクに住む人たちはどういう状態だったのでしょう?
 主権がないイラクの国民が立たされていた立場は、好きとか嫌いとか、信じるとか信じないとか、正しいとか正しくないとか、そんな彼独自の考えや思想など無視されCPAの決定にただ従わされていたのです。ただその土地に存在する人間という動物と同じだったと言ってしまっていいかもしれない。かつての日本です。
 つまり、テロの副作用の一つは、ある国の主権をその国の国民から奪うというものだったわけです。
 
 民主党が望んでいる日本の姿は、主権をアジアのだれかにあげることが大前提です。
 強引に言うと、民主党の望む新憲法は、テロの副作用に襲われたイラクと同じ目に、あえて自ら進んで行こうというのです。
 日本に住んでいる日本の国民が望もうと望まなかろうと、日本の意志決定は日本以外アジアの国に差し上げちゃおう!と、民主党の政治家は考えているのです。そんなバカなこと思いつきすらしませんでしたよ。

 ジャスコなどのスーパーのタイムセールは、好きですよ。
 でも、国民の主権をタダで誰かに差し上げてしまえというのはまっぴらごめんです。なんでも安くすれば国民は喜ぶと思ってるんですかね。
 
 民主党、狂ってる。


 

 
posted by ニャー皇太子 at 10:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 人間-政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。