2005年05月21日

ディスカバリーのヘルス・チャンネル

 なんとはなしに、ディスカバリーチャンネルの、ヘルス・チャンネルをみている。いまやっているのは、クリティカル・タイムという番組。

 もっぱら、事故などでとても危険な状態の人と、その治療にあたる救急病棟を取り扱った番組。

 ディスカバリーが良いところは、センセーショナリズムに走って視聴者の怖いもの見たを満たしたり、恐怖を植えつけるだけの密着24時間なんちゃらカンチャラというありがちな番組ではなくある種の「質」というか、論理的な落ち着きを全体にかもし出させている点だ。

 かといって、次々に運ばれてくる重度火傷の患者とか、ピストルで撃たれた人間とかが、まるでドラマのように現実感がないかというと、そんなことはない。患部やその治療、CTスキャンの画像や、専門用語などをふんだんに使うことによって、非現実感が漂うということもない。


 しばらく見ていると、とても興味深く見ることができるんだけど、番組の趣旨とは関係ないことに関心が・・・。医者も、救急隊員も、「がんばれ」というニュアンスの言葉をかけないことだ。そういう単語がないんだからしょうがないといえば簡単だけれども、そういう発想がないから言葉もないんだろうなぁ、とつくづく思う。

 「わたしは、何々をしようとしています。」
 「協力してください。」
 「あなたを傷つけようとしてるんじゃないの。楽にしてやろうとしてるの。」
というような事を、ショックに陥りそうな患者を目の前にして言うんですよね。

 数秒も無駄にできない状態だから、患者から少しでも情報を得て的確に判断して対処することが重要なのでむしろ、英語の方が便利かもしれない。

 でも、「もったいない」「がんばれ」という言葉がないというのは、つくづく不思議。で、ちょっとウスラ怖い。この国やヨーロッパ系の国の人間とは、分かり合うことはないなぁと思う一つの根拠っているのかなぁ。

 そういえば、中国の文法は英語なんかの言葉に近いと聞きますが、がんばれというニュアンスの言葉には「加油」とかというような言葉がある。中国は、洋の東西がうまく混在してる文化があるんだなぁと予想が生じる瞬間だ。



 なんてことを思っていると、火傷の患者が運ばれてきた。はだしのゲンを見たことがある人は覚えていますかね。原爆爆発直後。火傷で剥がれた腕の表皮がべローンと指先から垂れて、そして幽霊のように手を「小さく前ならえ」していうる人々の描写。
 そういう状態で、その患者は入ってきました。
 熱くて痛いのに、ぶるぶる震えている。
 すぐに5人の医者と看護士が集まって症状の分析と初期治療などを始めました。

 広島と長崎ではその時、多くの人が医者など見つけられず、さまよったんですよね。そして黒い雨の下で息絶えたり・・・。日本の今の医療に関する社会保障制度はすごい。3割負担になったのですが、それでもその平等性はすばらしいと思う。株式会社の病院が出来てくるようだけど、MBAやCPAだけで武装したよう気になっている経験不足な人間が経営に当たらないことを祈るばかりです。かといって、医療しか知らない人を名声と年功だけで人選するのも、株式会社にする意味ないからやめよーね。

 火傷の患者は専用の集中治療室に移されて、なにやらゼラチン状の皮(?)で覆われ始めた。


Piano.jpg



posted by ニャー皇太子 at 12:53| デンバー ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 人間-日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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