2005年05月18日

トップ3人の辞任

 とても気分は悪いです。辞めていただきたいと申し上げたし、それが大きく違っていたとも思わないのですが、やはり現実にそうなると心は痛みます。

 会社っていろいろな考えや発想を持った人間の集合体だから、あの鉄道会社にもいろいろな意見があったのでしょう。でも総じていえば、脈々と受け継いできた社の伝統は「善し」と思ってきたのでしょうし、それに基づいた誇りをも持もっていたことでしょう。しかも各個人のアイデンティティも、それと深く結びついてたはず・・・。
それがいま、強烈に壊れ始めてるのだから、ご本人らも人生が一瞬にして「無」に帰したような悲惨な感情に包まれていることでしょう。
それを想像すると、やはり心は痛みます。

 しかしやはり、家族や友人や知人から犠牲者を出された方々の苦しみもどれだけのことか。亡くなられた方だって、楽しみ、苦しみ、悩み、幸せ、憎しみ、いろいろなもの抱えて人生を進んでいたのだから・・・・それらを思うと更にまた心が痛みます。

 ただ、どうしたって、「以前」に戻ることはできない。



Strawberry_Life.jpg



 ただ、この記者の着眼の悪さは、みごとにマスコミの浅はかさを表わしている。
JR西日本・電車区、事故後も再教育「日勤」命令
 この記者は「日勤」を血祭りにあげることで、一般人の注目を集めるだけしか脳も能もないのだろうか?それとも真剣に、日勤の命令を出した事実こそが重大な問題だと思ってるのだろうか?
 組織の運営をするうえで、組織が大きくなるほど良い意味での朝令暮改がしずらいこと、情報の伝達と確認の手段が難しいこと、一端出したオーダーを外部の批判によって換えることはタブーであること、、、そんなの当たり前。それをすっとばして、「日勤だ!」「日勤だ!」と騒いでいるのは、チャルメラの音を聞いたらラーメンが食いたくなるような本能で反応する私の胃袋と一緒だ。
 事故がおきて、直後から管理手法が的確に変われるわけがない。今は、過渡期であって、その過渡が適切かどうかを批判したり検証したりするのが普通の思考でしょう。
 訓練を沢山つんだはずの読売の部長さんは、暴言発言で謝罪してましたね。会社の社風とは、社が大きいほど変われないのです。その場の雰囲気や自分の感情や自分がおかれた立場の優位さで突っ走ってしまう読売の社風は変わらんのでしょう。
 鉄道会社も新聞会社も抱える問題の本質は同じってことですね。でも世論に影響力をもつだけに、この新聞会社のほうが非常にたちが悪い。
posted by ニャー皇太子 at 13:18| デンバー ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 人間-日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。